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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)481号 判決 1973年3月23日

原告

中本静

外名

原告ら訴訟代理人

牧野芳夫

外二名

プリンス自動車工業株式会社訴訟承継人

被告

日産自動車株式会社

右代表者

川又克二

右訴訟代理人

橋本武人

外一名

主文

一原告中本ミヨおよび同横山敏子と被告との間に雇用契約が存在することを確認する。

二  被告は原告五十嵐郁夫に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告五十嵐郁夫のその余の請求ならびに同中本静、同石橋浪治、同森山弥三郎、同高田義盛、同佐藤三和雄および同横山行雄の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告中本ミヨ、同横山敏子および同五十嵐郁夫と被告との間においては全部被告の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、被告に生じた費用の三分の二をその余の原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告ら―但し、原告五十嵐の請求は、当初第一項記載のとおり雇用契約存在確認の訴えであるが、昭和四四年七月三〇日の本件口頭弁論期日において、訴えを交換的に変更して、第二項記載のとおり不法行為による損害賠償請求をしたものである。)

一  原告石橋、同中本ミヨ、同森山、同横山行雄、同横山敏子、同五十嵐と被告との間に雇用契約が存在することを確認する。

二  被告は原告中本静、同高田、同佐藤、同五十嵐に対し、別表(一)金額欄記載の金員およびこれに対する同表遅延損害金の起算日欄記載の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  第二、第三項のうち原告中本静、同高田、同佐藤に関する部分につき仮執行の宣言<後略>

理由

一原告五十嵐の訴え変更の申立てについて

原告五十嵐は、昭和四四年七月三〇日の本件口頭弁論期日において、雇用契約存在確認請求を不法行為に基づく損害賠償請求に交換的に変更する旨の申立てをした。

民事訴訟法第二三二条第一項の訴えの変更は、当初の訴えによつては紛争の実質的解決に至らないような場合に、従前の審理の結果をそのまま利用しながら請求または請求の原因を変更することが訴訟経済に合致することから認められた制度である。したがつて、同項にいう請求の基礎の同一性とは、新旧両請求の間で、主要事実の全部または重要な部分が共通するなどして、請求の基盤となる利益紛争関係が同一とみられ、そのため、旧請求の審理をそのまま継続利用して新請求を審判の対象とすることを合理的ならしめる程度に、新旧両請求の事実資料に一体的な密着性がある場合をいうものと解される。

本件における原告五十嵐の雇用契約存在確認請求の請求原因事実は、雇用契約の締結とその承継であり、同原告がこれによつて求める経済的利益関係は、同原告と被告との間に雇用契約が存在することである。これに対し、被告は本件解雇の理由とその意思表示を抗弁とし、これによつて被告が求める経済的利益関係は同原告と被告との間に雇用契約が存在しないことである。さらに同原告は再抗弁事実としてその無効事由(不当労働行為および解雇権の濫用)を主張している。すなわち旧訴における主要な争点は解雇の理由とその効力であり、その紛争の地盤は雇用契約の存否である。一方、変更申立てにかかる不法行為に基づく損害賠償請求においては、同原告の主張するところは、本件解雇の意思表示が違法無効であり、したがつて同原告と被告との間に雇用契約が存在するのに、被告が同原告を不当に差別待遇して損害を被らしめたというのであるから、その請求原因事実は、雇用契約の締結とその承継、本件解雇の意思表示とその違法事由(不当労働行為および解雇権の濫用)、被告の不当差別ならびに損害の発生とその額である。これによつて同原告が求める経済的利益関係は、雇用契約が存在したのに被告から不当な待遇を受けたことに対する金銭的回復であり、被告がこれを争うことによつて求める経済的利益は、同原告と被告との間に雇用契約は存在しないから、不当待遇という不法行為はなく、金銭的回復義務を負わないということである。すなわち、新訴においても主要な争点は、解雇の理由とその効力であり、その紛争の地盤は雇用関係の存否である。これによれば、両請求の主要事実は、雇用契約の締結とその承継、本件解雇の理由とその意思表示およびその違法、無効事由の存否という重要な部分において共通するし、両請求の基盤となる利益紛争関係も同一地盤に立つ。そして、両請求の成否は、主として本件解雇の効力いかんにかかつているが、被告が昭和四四年五月一九日の本件口頭弁論期日において雇用契約存在確認請求に関する抗弁事実として定年による雇用契約の終了を主張するまでは、旧訴においても、もつぱら本件解雇の意思表示の効力が争点となり、当事者はこの点に関して主張立証を尽くしていたのである。したがつて、旧訴において提出された攻撃防禦の方法等の事実資料は新訴においても直ちに利用できることになる。

以上によれば、両請求は、審理を継続して行なうことを合理的ならしめるに足りる一体的な密着性を有するものといえるから、変更申立てにかかる不法行為に基づく損害賠償請求は、当初の雇用契約存在確認請求と請求の基礎を同一にするものである。また、審理の経過に鑑み、この訴えの変更は本件訴訟手続を著しく遅滞させるものでもない。よつて、同原告の訴えの変更は適法である。

二雇用契約の締結について

請求原因第一項の事実(原告らの雇用契約の締結とその承継関係)は、当事者間に争いない。

三  原告森山を除くその余の原告ら八名の解雇について

富士産業が昭和二四年一一月五日原告森山を除くその余の原告ら八名に対し、同月一二日限り右原告ら八名を解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いない。

(一)  人員整理の必要性と整理基準について<中略>

(二)  整理基準該当事実について<中略、編注、本判決は本段で原告中本静、石橋、高田、佐藤、横山行雄、に対する解雇は有効と判断した。>

(三)  整理解雇の結論

いわゆる整理解雇の場合、使用者が整理基準を設定した場合は、その整理基準に該当する者だけを解雇するという趣旨で、解雇権を自ら制限したものと解される。したがつて、この整理基準に該当しない解雇は、それ自体無効である。以上によれば、原告中本ミヨ、同横山敏子および同五十嵐は、被告の設定した整理基準のいずれにも該当しないのであるから、同原告らに対する本件解雇は、この点において既に無効である。

四定年による雇用契約の終了について

(一)  原告中本ミヨについて

被告の就業規則第五七条第一項には、「従業員は、男子満五五才、女子満五〇才をもつて定年として、男子は満五五才、女子は満五〇才に達した月の末日をつもつて退職させる。」との、同条第二項には、「定年退職に該当するときは三〇日前に予告する。」との定めがあること、原告中本ミヨは、大正八年一月一五日生まれの女子であつて、昭和四四年一月一四日の経過により満五〇才に達するものであつたこと、および被告が昭和四三年一二月二五日同原告に対し、就業規則の右各規定により昭和四四年一月三一日限り退職を命ずる旨の予告をしたことは、当事者間に争いない。

憲法第一四条は法の基本原理ともいうべき法の下の平等について規定し、これを受けて労働基準法第三条は国籍、信条または社会的身分を理由とする労働条件についての差別を禁止し、同法第四条は性別を理由とする賃金についての差別を禁止している。もつとも、同法第三条は性別を理由とする労働条件についての差別については規定していないし、同法第四条も性別を理由とする賃金以外の労働条件についての差別については規定していない。このように、同法第三条および第四条は、その規定の仕方においては、性別を由とする賃金以外の労働条件についての差別を直接禁止の対象とするものではない。しかし、同法第三条が性別を理由とする労働条件についての差別を直接禁止の対象としなかつたのは、女子の労働条件を男子のそれと機械的に同一に取り扱うことから生ずる不合理を除去するために、同法第一九条、第六一条ないし第六八条等に女子についての特別の保護規定が設けられていることによるものと解され、また、同法第四条が性別を理由とする賃金についての差別のみを禁止の対象にしているのは、賃金について性別による差別から生ずる弊害がわが国において従来特に著しかつたので、これを同法第一一九条第一号の罰則規定と相まつて禁止しようとしたためであると解される。そうすると、同法第三条および第四条が、性別を理由とする賃金以外の労働条件についての合理的理由のない差別を許容する趣旨のものとは解されない。このことと憲法第一四条第一項が法の下における性別による差別取扱いを禁止している精神に鑑みれば、性別のみを理由として、労働条件について、合理的理由のないのに男女を差別して取り扱つてはならないことは、公の秩序として確立しているものと解すべきである。したがつて、合理的理由のない男女の差別的取扱いを定めた就業規則の規定は、民法第九〇条に違反し無効であるというべきである。

一般に、定年制なるものは、高年令で労働能力の低下した従業員を若年の従業員に代えることにより作業能率の維持・向上をはかるとともに、人事の停滞や勤労意欲の減退を防ぎ、あるいは人件費の上昇を押える等種々の目的ないし理由により設けられる。したがつて、被告の就業規則第五七条第一項が定める男女差別取扱いの合理性を検証するためにはこのような定年制を設ける目的ないし理由からみて、右規定に合理性があるかどうかを検討しなければならない。そのためには、被告の企業形態、業務内容、賃金体系、従業員の労働能力等をみる必要がある。

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  被告は自動車製造という重工業の部類に属する業務を営む会社であつて、昭和四七年七月当時においては男子従業員を四七、七〇〇名位、女子従業員を五、五〇〇名位雇用していた。男子従業員は、その大多数が自動車部品の製造、自動車の組立等自動車の製造それ自体に直接かかわる作業(以下このような作業を担当する部門を生産部門という。)に従事していたが、中には後記認定のような女子従業員が従事していたと同一の業務に従事する者もいた。この生産部門における作業には、大量生産の必要から機械化とこれにともなう分業化が進められている関係で、特に高度の技能や長い経験というものを必要とはしないような機械的で単純な作業も多く存し、いわゆる季節工やアルバイト工もこの作業に従事していた。しかし、体力を必要とするいわゆる肉体労働や時間外労働、休日労働、深夜労働等女子従業員に従事させることができないかまたは不適当な労働をともなうので、女子従業員がこの作業に従事することはほとんどなかつた。女子従業員の大半は一般的な事務(各種伝票、帳簿等の作成、記録、転記、整理業務、コピー作成業務、資料の作成、整理業務、従業員の出欠勤、休暇等労働に関する手続的業務、職場における庶務的業務等)、タイプ業務、キイパンチ業務、電話交換業務、製図、倉庫における生産資材、工具類等の管理業務、医療看護業務等に従事していた。

2  被告は一律方式と査定による考課方式とを併用して毎年従業員の賃金額を上昇させてきている。この上昇額を女子従業員についてみると、昭和四三年の場合には金二、八〇〇円ないし金四、四〇〇円位であり、昭和四七年は金七、四〇〇円ないし金一一、〇〇〇円位であつた。また、被告においては、高等学校を卒業した男子従業員と女子従業員の初任給に差が設けられており、昭和四三年から昭和四七年までの間についてみると、女子従業員の初任給は男子従業員のそれよりも四パーセントないし六パーセント位低く、昭和四三年の女子従業員の初任給は金二二、五〇〇円で、男子従業員のそれは金二四、〇〇〇円であつた。

3  原告中本ミヨは、富士産業から整理解雇されたが、当庁に地位保全の仮処分を申請してこれに勝訴し、昭和二五年から再び就労するようになつた。そして、同原告は、被告がプリンス自工を吸収合併して以後原告から退職を命じられるに至つた昭和四四年一月三一日までの間は、被告の荻窪工場総務部施設課に所属して、男子従業員一、二名とともに倉庫において工具類(刃物、ノギス、ペンチ等)の管理業務に従事していた。その業務の具体的内容は、工具類の入庫があつた場合にはそれを受領して倉庫内の所定の箇所に納め、生産部門等から工具類の貸し出しの要請を受けたときはその要請どおりにこれを貸し出し、また、貸し出した工具類が消耗して返却されてきたようなときにはこれを他の係に引き渡したりするとともに、これにともなつて在庫表を整理したり、伝票を処理するというものであつて、特に体力を必要とする肉体労働をともなうようなものではなく、同原告がこの業務を行なうについて体力的な面において特に支障を生じたというようなことはなかつた。また、同原告は高等女学校を卒業していて、昭和四三年当時には勤続年数が二二年に達していたのであるが、同原告の同年当時における賃金は金四七、五九〇円で、そのうち金一一、七四〇円は調整給(被告とプリンス自工は合併に際して賃金体系を被告のそれに統一することにしていたのであるが、これを実施した場合にはプリンス自工の従業員に不利益を生ずるところから、プリンス自工の従業員について合併前支給を受けていた賃金額を保障する趣旨で設けられたものである。)であつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実に基づいて以下、被告の主張に即して、男女差別定年制の合理性の有無について判断する。

年令と労働能力について。

<証拠>には、男子と女子について二五種にわたる生理的機能の検査を行ない、その結果を評点で表わしたうえ、この評点の平均値をグラフで示した記載がある。このグラフによれば、満五〇才から満五四才の男女の生理的機能点の平均値にはそれ程の差はないが、満五五才から満五九才の女子の生産的機能点の平均値は満七〇才以上の男子のそれにほぼ等しいものとされている。そももそも、知識、経験、体力、職種等労働能率に影響する諸要素のうち、生理的機能だけを抽出して、男女別の労働能力を比較対照することは、一面的であつて、事の本質を解明するものではない。のみならず、生理的機能点の評価だけからみても、満五〇才から満五四才までの男女のそれにはほとんど差がないのであるから、満五〇才に達するときは、女子の労働能力が男子のそれより年令との相関関係において著しく低下するという結論を導きすことはできない。したがつて、この点からは男子五五才、女子五〇才定年制の合理性は論証されない。これをさらに詳述すれば、次のとおりである。労働能力は、一定の作業を遂行する能力であるから、生理的機能ないし体力に影響される側面のあることを否定できないけれども、それは従事する業務の性質により異なるものと考えられる。いわゆる肉体労働やもつぱら感覚器官に頼つてなされる業務等においては生理的機能ないし体力が労働能力に大きな影響をおよぼすものと考えられるが、その他の業務にあつてはその影響の程度はそれ程大きなものとは思われない。したがつて、男女の生理的機能を単純に比較するだけでは十分ではなく、生理的機能をその作用する職種との関連において把握して比較対照しなければならないのである。被告会社においては、被告の女子従業員は男子従業員と必ずしも同一の業務に従事しているわけではない。異つた職種の従業員の労働能力を生理的機能だけから比較することは、本来無理なことである。すなわち、女子従業員の大半は生理的機能ないし体力の労働能力におよぼす影響がそれ程大きいものとは考えられないような一般的な事務等に従事していたのである。原告中本ミヨが従事していた業務も倉庫における工具類の管理業務であつて、特に体力を必要とする肉体労働をともなうようなものではなかつた。現に同原告が満五〇才に達する直前においても、この業務を行なうについて体力的な面で特に支障を生じたというような事情もなかつたのである。ところが、男子従業員の場合には、その大多数が生理的機能ないしは体力の低下により労働能力に大きな影響を受けるものと考えられるような肉体労働をともなう生産部門の作業に従事していたのである。そうすると、同原告をはじめ女子従業員が満五〇才にして男子従業員より生理的機能ないし体力において若干劣るところがあつたとしても、そのことから直ちに定年年令について、満五〇才を画して五年の差を設けることを合理的ならしめる程男女間の労働能力に差があるものとは認められないのである。

年令と賃金体系について。

前認定のような女子従業員が従事していた業務には、それを補助的業務というかどうかは別として、比較的短期間に習熟し得る業務が多いということができるかもしれない。しかし、他方男子従業員の多くが従事していた生産部門の作業にも特に高度な技能や長い経験を必要とせず、季節工やアルバイト工でも従事できるような機械的で単純な作業が多つかたし、男子従業員のうちには女子従業員が従事していたと同一の業務に従事する者もいたのである。そうすると、男女間の業務の習熟期間を一律に比較することは困難である。すなわち、女子従業員の場合は、短期間で業務に習熟するのに対し、男子従業員の場合は、業務に習熟するのに長期間を要するという前提を被告会社の場合に適用することは正当ではない。それに、被告が一律方式と査定による考課方式とを併用しながら毎年従業員の賃金額を上昇させてきていることは前認定のとおりである。しかし、被告においては、高等学校卒業の男子従業員と女子従業員の初任給について既に前認定のような差が設けられている。また、高等学校卒業の従業員の昭和四三年の初任給は、男子従業員が金二四、〇〇〇円であるのに対し、女子従業員が金二二、五〇〇円であり、しかも高等女学校卒業で、勤続二二年にもなる原告中本ミヨの同年当時における賃金は、調整給を含めても金四七、五九〇円で、調整給を除けば金三五、八四〇円にしか過ぎなかつたのである。そうすると、男女間で職務・能率・技能等において差異のあることが立証できない限り、被告は労働基準法第四条に違反して女子を不利益に取り扱つているということになる。このような同法違反の疑いのある賃金体系をとり、かつ女子の場合は、高年令にして長期勤続の者に対する賃金も極力低額に押えながら、なお賃金と年令の増加にともなう労働能率のアンンバランスを鳴らすのは背理である。すなわち被告会社においては、女子従業員の場合に、その賃金と労働能率とのアンバランスが定年年令につき五年の差を設けることを合理的ならしめる程男子従業員より早期に生ずるということはできない。

高年令女子従業員が少数なことについて。

被告会社は、女子五〇才定年制をとつているのであるから、五〇才を超える女子従業員がいないことは当然であろう。問題は、五〇才を越える女子従業員が多いかどうかということではなく、<証拠>中には、被告の女子従業員の場合には、入社後五年未満のうちに八〇パーセント位、入社後一〇年位の間には九八パーセント位が退職しているとの部分がある。しかし、女子が満五〇才を過ぎてまで勤務することが一般にまれであり、仮に被告の女子従業員の場合にも右証言のとおりであつたとしても、このことは定年制が設けられる目的ないし理由とは全く関係のないことである。一般社会において、五〇才を越える女子従業員が多数いるとしても、そのことから女子五〇才定年制が当然不合理ともならないし、逆にそれがほとんどいないとしても、それが女子五〇才定年制が合理的であるという根拠にもならないのである。したがつて、これをもつて満五〇才を越えてもなお勤務を続けようと欲する女子従業員との雇用契約を男子従業員より五年も早い定年年令を定めて終了させる合理的理由とみることはできない。

他企業定年制の実状等について。

<証拠>には、労働省婦人少年局作成の「定年制に関する資料集」中に掲載されている定年年令についての調査結果(出所は中央労働委員会事務局作成の「退職金および年金事情調査」である。)の記載がある。この調査結果によれば、昭和三六年当時には、定年制を実施していた調査対象企業三一七社のうち定年年令を男女同一とするものが84.9パーセントであつたが、男女別定年制を設けているものも一五パーセント位あり、そのうち定年年令を男子満五五才、女子満五〇才としているものが9.1パーセントであつたとされ、また、昭和三八年当時には、定年制を実施していた調査対象企業三三六社のうち定年年令を男女同一とするものが81.8パーセントであつたが、男女別定年制を設けているものも一八パーセント位あり、そのうち定年年令を男子満五五才、女子満五〇才としているものが10.1パーセントであつたとされている。また、同じく<証拠>には、労働省婦人少年局作成の「既婚女子労働者に関する調査」中に掲載されている同局の定年年令に関する調査結果の記載がある。この調査結果によれば、調査対象とされた約三、〇〇〇〇事業所のうち定年制を実施している事業所は39.2パーセントトであり、定年制を実施している事業所についてみると、定年年令を男女同一とするものが70.6パーセントであつたが、男女別定年制を設けているものも29.4パーセントあり、男女別定年制を実施している事業所についてみると、女子の定年年令を満五〇才とするものが29.5パーセントあつたとされている。しかし、そもそも被告以外の他企業で被告の場合と同じ定年年令を定めているところがどの程度存するかということは、定年制を設ける目的ないし理由とは無関係のことであつて、その数が多いからといつて、これを根拠に女子若年定年制の合理性が論証されるものではない。のみならず、右調査の結果によれば、男女同一定年制をとる企業が、男女差別定年制をとる企業に比べて圧倒的に多いのであるから、多数が正当であるという論理が成立するならば、むしろ男女差別定年制の不合理性は顕著であるという結論になる。また、被告会社の男子従業員と女子従業員の定年年令の差は五年に過ぎないが、その差の大小にかかわらず、このような差を設ける合理的理由の存在は必要なのである。その差が小であるからといつて、合理的理由があるということにはならない。逆説的にいうならば、その差がわずかであればあるだけ、それを必要とするだけの強力な理由の存在が要求されるのである。

以上のとおりであつて、労働科学的にも、賃金体系との関係においても、また巷間の定年制の例に徴する等しても、被告の就業規則第五七条第一項が男子従業員と女子従業員の定年年令に五年の差を設けていることにつき、これを合理的ならしめる理由を見出すことは、ついにできない。企業が就業規則において、男女別の定年制の規定を設けている場合には、その差別の合理性の立証責任は、右規定の有効なることを主張する者にあるから、同条同項のうち女子従業員の定年に関する部分は、合理的理由もなく、不利益に女子従業員を差別するものとして、民法第九〇条に違反し無効である。したがつて、右規定が同原告に適用になるとしても、同原告と被告との雇用契約は、前記解雇の予告によつては終了しない。

(二)  原告森山、同五十嵐について

原告森山が大正三年九月三〇日生まれの男子であつて、昭和四四年九月二九日の経過により満五五才に達するものであり、原告五十嵐が大正二年一二月七日生まれの男子であつて、昭和四三年一二月六日の経過により満五五才に達するものであつたこと、および被告が昭和四四年八月三一日日以前に原告森山に対し、同年九月三〇日限り退職を命ずる旨の、また原告五十嵐に対しては昭和三四年一一月に同年一二月三一日限り退職を命ずる旨の予告をしたことは、当事者間に争いない。そうすると、被告の就業規則第五七条第一、第二項の規定の内容は前認定のとおりであるから、被告と原告森山との雇用契約は、仮に同原告に対する本件解雇の意思表示がその効力を生じないとしても、昭和四四年九月三〇日限り、また被告と原告五十嵐との雇用契約は昭和四三年一二月三一日限り終了したものである。

五原告森山、同中本ミヨ、同横山敏子および同五十嵐を除くその余の原告らの再抗弁について

(一)  不当労働行為について(原告五十嵐に関する部分は、後記損害賠償請求の要件として認定する。)

原告森山、同中本ミヨおよび同横山敏子を除くその余の原告らが本件解雇当時まで組合に加入していたことは、当事者間に争いない。そして、原告中本静、同石橋および同横山行雄の前認定の組合役員歴と、<証拠>によれば、原告中本ミヨ、同森山、同佐藤、同横山敏子を除くその余の原告らは別表(四)記載のとおりの組合役員歴等を有し(但し、原告中本静、同石橋の職場委員歴任回数を除く。)組合役員として活発に活動し、荻窪工場の経営状態が悪化しはじめた昭和二三年春ころからは、同年五月の臨時手当要求闘争、同年六月から同年八月にかけての賃上げ要求闘争、同年一一月以降における基本給と生産報奨金を含めた一定額の賃金の支払い保証要要求や遅払い賃金の支払い要求闘争、同年一二月の餅代要求闘争等においてこれを指導しあるいはこれに積極的役割を果たし、また、昭和二四年八月に当時の組合執行部が不信任となり、これに代わつて原告中本静が組合長、同石橋が副組合長になつてからは、右原告ら二名を中心として本件整理解雇反対闘争を推し進めてきたものであること、および原告佐藤は一般の組合員として職場大会で発言したり、職場の問題を組合に持ち込んだりする程度の活動をしていたにとどまつていたことが認められる(以上の事実のうち、原告中本本静が職場委員、執行委員(二回)、組合長(一回)を勤めたこと、原告石橋が執行委員、常任執行委員、書記長、副組合長(各一回)を勤めたこと、原告横山行雄が青年部幹事(一回)、執行委員(一回)を勤めたこと、本件整理解雇反対闘争時に原告中本静が組合長、同石橋が副組合長であつたこと、および組合が賃金遅配をめぐる闘争や本件整理解雇反対闘争を行なつたことは、当事者間に争いない。)

しかし、原告中本静、同石橋、同高田、同横山行雄に対する本件解雇が、同原告らの前記組合活動の故になされたことを認めるに足りる証拠はない。かえつて右原告ら四名には整理基準に該当する事由があるのであるから、これを理由に解雇されてもやむを得ない。したがつて、右原告ら四名は前認定のような活発な組合活動をしていたけれども、これと右原告ら四名に対する本件解雇の意思表示との間に因果関係の成立を認めることはできない。また、原告佐藤についてみても、同原告には整理基準に該当する解雇されてもやむを得ない理由のあること前述のとおりであるし、一方同原告の組合活動はとりたてていうほどのものではないから、これと同原告に対する本件解雇の意思表示との間に因果関係の成立を認めることはできない。

したがつて、原告中本静、同石橋、同高田、同横山行雄および同佐藤に対する本件解雇は不当労働行為を構成しない。

(二)  解雇権の濫用について

解雇が権利の濫用として無効であるというためには、まず第一に解雇理由が根拠薄弱であることを要するのであるが、原告中本静、同石橋、同高田、同佐藤、同横山行雄に対する本件解雇には前述のとおり合理的な理由があるから、これを権利濫用ということはできない。

六原告五十嵐の損害賠償請求

原告五十嵐が整理基準に該当する事由がないのに、これに該当するものとして解雇され、しかも同原告が別紙(四)記載のとおりの組合役員歴を有し、活発な組合活動をしていたことは、前認定のとおりである。これによつてみれば、本件解雇は、被告が同原告の組合活動を嫌悪したがために、整理解雇に藉口してなしたものとも評価できるから、同原告に対する本件解雇は不当労働行為を構成する。

原告五十嵐が富士産業を被申請人として当庁に仮処分申請をし、昭和二五年六月三〇日に本件解雇の意思表示の効力を停止する旨の決定を受けたこと、同原告が右仮処分決定に至るまでの間就労を拒否され、同年七月以後右仮処分決定に基づいて就労するようになつたことは、当事者間に争いない。同原告が本件解雇前には検査工あるいは旋盤工として勤務していたことは、前認定のとおりである。<証拠>によれば、同原告は昭和二五年七月解雇前の第一職場へ復帰したが、解雇前の検査工または旋盤工としての仕事を与えられず、仕上げの仕事を命じられ、昭和二六年計画課へ配置換えを命じられたが、その際同原告は、検査工として相当の腕前を有するのであるから、検査の仕事をさせてもらいたいと希望を述べたのにこれを容れられなかつたたこと、計画課へは、前記仮処分決定により同原告とともに復帰した久保および上野とともに配置換えされ、右原告ら三名は、いずれも機械工としては相当の熟練工であつたのにかかわらず、約一〇〇台の古い遊体機械の錆落としや油さし等の仕事だけをさせられたこと、同原告はその後約一年間病気で欠勤し、昭和二七年再び計画課に復帰したが、当初約三か月間は伝票作成に従事し、その後は自動車のエンジン組立の推進係として、組立現場の作業日程の管理とか、物品の供給・管理等に従事し、昭和三一年一〇月までその仕事を続けたこと、同年一一月から工務課に所属し、部品係として部品の管理業務に従事し、昭和三八年八月までその仕事を続けたこと、同年九月に元の推進係に戻り、同係として前記のような仕事をし、昭和四一年八月村山工場工務部生産課に移り、部品の受入れ、管理等に従事し、昭和四三年一月からは荻窪工場同部補給課で、さらに同年七月からは村山工場同部補給課で同様な仕事に従事して定年を迎えたこと、被告会社では同原告よりも若い工具が多数係長等の役職に就いていたのに、同原告は定年まで役職に就けられず、したがつて役職者に支給される役職手当の支給も受けられなかつたこと、被告会社においては永年勤続者に対する表彰制度があり、永年勤続者は表彰されて記念品の支給を受けられるのに、同原告は永年勤続者に該当するのに一度も表彰されたことがないこと、また被告会社では定年退職者を写真入りで社報に掲載し、その労をねぎらうことになつているのに、同原告の場合は、これをされなかつたことが認められる。そして、<証拠>によれば、被告が同原告を役職に就けず、また永年勤続者として表彰しなかつたのは、同原告は仮処分決定によつて暫定的に地位を保全された者であるから、正規の従業員として待遇する必要はないと考えたことによることが認められる。これによれば、同原告が検査工または旋盤工として相当な技能を有しているのに、被告会社が同原告をその職務に従事させず、転々と職場を変え、しかも雑用的な作業にのみ従事させたことおよび定年退職者として社報に掲載しなかつたことも、同様な理由によるものと推認されるのである。

右認定の事実によれば、原告五十嵐は、違法な解雇処分を受け、一時就労を拒否され、仮処分決定によつてその解雇処分が違法にして無効であることが一応確定され、職場に復帰したものの、被告会社の偏見に災いされ、数々の不当な差別待遇を受けてきたのである。およそ労働者は、同一条件で同等の労務に服する限り、使用者から他の労働者より不当に不利益な差別待遇を受けない法律上の利益を有する。被告会社のした同原告に対する前記差別待遇は、この法律上の利益を侵害するものである。したがつて、本件解雇処分および右差別待遇は不法行為を構成する。そして、同原告は、これによつて甚大なる精神的苦痛を被つたものと認められるから、これを慰藉するためには、前認定の一切の事情等を考慮し、金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつてするのが相当であると認める。

七結論

原告中本ミヨおよび同横山敏子に対する本件解雇はいずれも無効であり、また、原告中本ミヨは定年による退職の効力も生じていないから、右原告ら両名と被告との間には依然として雇用契約が存在する。それにもかかわらず、被告はこの雇用契約の存在を争つているから、右原告らはこれが存在することの確認を求める利益がある。

原告五十嵐の新訴については、被告は原告に対し不法行為による損害賠償として、金一、〇〇〇、〇〇〇円および不法行為の後である昭和四四年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。しかし、旧訴については、その取下げについて被告が同意しないから判断を要することになるが、同原告と被告との間の雇用契約は同原告が定年に達したことにより昭和四三年一二月三一日限り消滅したものであるから、同原告と被告との間には雇用契約は存しない。

原告中本静、同石橋、同高田、同佐藤、同横山行雄に対する本件解雇はいずれも有効であるから、右原告ら五名と富士産業との間の雇用契約は昭和二四年一一月一二日限り消滅した。したがつて、原告石橋、同横山行雄と被告との間には雇用契約は存しないし、被告中本静、同高田、同佐藤は被告に対し同原告ら主張のような退職金請求権を有しない。

原告森山と被告との間の雇用契約は、仮に同原告に対する本件解雇の意思表示がその効力を生じないとしても、同原告が定年に達したことにより昭和四四年九月三〇日限り消滅したものであるから、回同原告と被告との間には雇用契約は存しない。

よつて、原告中本ミヨ、同横山敏子の請求および同五十嵐の請求のうち不法行為に基づく損害賠償請求は理由があるから正当としてこれを認容し、原告五十嵐のその余の請求ならびに同原告、原告中本ミヨおよび同横山敏子を除くその余の原告らの請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(岩村弘雄 安達敬 飯塚勝)

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